13時25分
府中大橋 広島市あけぼの通り
キリンビール工場跡
矢賀一里塚跡 東区矢賀新市町
「巌鼻図」 芸藩通志141巻
広島城下東端には 大門を設置。
東の玄関として役割り、茶屋や休憩所があった。
広島城下の東の入り口付近にあった奇岩で、
広島築城以前は海岸に突き出た岬であった。
文政8年(1825)編集された
「芸藩通志」に紹介されている。
「東郊の傍、一山あり、尾長山東南の尾なり、
俗巌鼻とよぶ、全山奇巌重畳す、上古海涯にて、
山骨を露せしものと見ゆ、今松樹其上に茂生す、
亦一奇巌なり」
岩鼻は、西国街道を行き交う旅人にとっても
珍しく映ったようであり、
享和2年(1802)長崎から尾張への帰国途中、
西国街道を通過した商人菱屋平七は、
岩鼻について
「村中に大なる岩山ありてさまざまにおもしろき岩
とも集まり群り」(筑紫紀行)
紀行文に書き記している。
東山町 団地となってしまい跡はありません
14時
才蔵寺
江戸時代初期の広島城主 福島正則の家臣で、槍の達人として名を残す可児(かに)才蔵の菩提寺である才蔵寺。
才蔵は関ヶ原の合戦で活躍した武将として知られる。
晩年、城下の貧しい人々に味噌を配って生活を助けたとも伝えられる。
04/11/23
境内に才蔵の命日の前日である、才蔵像除幕。
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